指紋が法医学や警察鑑識の <医学・指紋・犯罪>
分野で研究されるようになったのは、それが終生不変・万人不同で、その個人識別上の価値が非常に高いためである。
指紋の研究は1684~86年ころ英国王室医科大学のグルーN. GrewやビドルーG. Bidloo、イタリアの解剖学者マルピーギM. Malpighiらによって行われているが、指紋に個人差のあることをみいだし、簡単な分類を行ったのはプルキンエJ. E. Purkinjeというチェコの生理・解剖学者が最初である。
ところで、このような皮膚紋理の存在はすでに有史以前から知られていたと思われ、種々の遺石や壁画類のなかに、その形がみいだされる。
また、バビロニアやアッシリアの時代には、個人の異同を識別する目的で指紋を利用していたという研究も出されている。
さらに、日本や中国では、古くから拇印とか爪印と称し、証文等に指先の印象を押す習慣があった。
プルキンエが簡単な分類を行ったあとの1880年、指紋が終生不変であることをイギリスの医師フォールズH. Fauldsと、インド・ベンガル州の収税官ハーシェルW. Hershelがみいだした。
両者は、それぞれイギリスの科学雑誌『ネイチャー』Natureに、その研究結果を発表している。
これによって、指紋の個人識別的価値が初めて学問的に証明されたといえるわけである。
とくにフォールズは、1874年に来日し、東京築地病院に勤務していた医師で、当時の日本で行われていた拇印や爪印の習慣をみて指紋の研究に着手したともいわれている。
その後、1888~91年ころにイギリスのゴルトンF. Galtonによって指紋の終生不変・万人不同の事実が確認された。ゴルトンによると、2個の指紋が一致する可能性は640億回に1回であり、10指すべての指紋が一致する可能性は、さらにその10乗回に1回とのことである。
ついでその業績を基礎として、同じくイギリスのヘンリーE. R. Henryが、インドの警視総監としての立場から、1897年、インド全域の警察に指紋法を採用させている。
ヘンリーは、1901年にロンドンの警視総監補となったのちにも、さらに指紋法に改良を加え、現在、イギリス、アメリカをはじめ、多くの国々が採用しているヘンリー・システムを確立した。
指紋の研究は1684~86年ころ英国王室医科大学のグルーN. GrewやビドルーG. Bidloo、イタリアの解剖学者マルピーギM. Malpighiらによって行われているが、指紋に個人差のあることをみいだし、簡単な分類を行ったのはプルキンエJ. E. Purkinjeというチェコの生理・解剖学者が最初である。
ところで、このような皮膚紋理の存在はすでに有史以前から知られていたと思われ、種々の遺石や壁画類のなかに、その形がみいだされる。
また、バビロニアやアッシリアの時代には、個人の異同を識別する目的で指紋を利用していたという研究も出されている。
さらに、日本や中国では、古くから拇印とか爪印と称し、証文等に指先の印象を押す習慣があった。
プルキンエが簡単な分類を行ったあとの1880年、指紋が終生不変であることをイギリスの医師フォールズH. Fauldsと、インド・ベンガル州の収税官ハーシェルW. Hershelがみいだした。
両者は、それぞれイギリスの科学雑誌『ネイチャー』Natureに、その研究結果を発表している。
これによって、指紋の個人識別的価値が初めて学問的に証明されたといえるわけである。
とくにフォールズは、1874年に来日し、東京築地病院に勤務していた医師で、当時の日本で行われていた拇印や爪印の習慣をみて指紋の研究に着手したともいわれている。
その後、1888~91年ころにイギリスのゴルトンF. Galtonによって指紋の終生不変・万人不同の事実が確認された。ゴルトンによると、2個の指紋が一致する可能性は640億回に1回であり、10指すべての指紋が一致する可能性は、さらにその10乗回に1回とのことである。
ついでその業績を基礎として、同じくイギリスのヘンリーE. R. Henryが、インドの警視総監としての立場から、1897年、インド全域の警察に指紋法を採用させている。
ヘンリーは、1901年にロンドンの警視総監補となったのちにも、さらに指紋法に改良を加え、現在、イギリス、アメリカをはじめ、多くの国々が採用しているヘンリー・システムを確立した。
update:2010年02月25日
